漆器の島安【うるわしうるし】根来,テーブルコーディネート,折敷,茶道具

漆器の島安は、日本四大漆器の産地「和歌山県」で大正5年(1916年)に創業した日本最大級の漆器専門店です。

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紀州漆器と日本の漆器

英語で磁器を「china」と呼ぶのに対して、漆器を「japan」と呼んだことからもわかるように、欧米では漆器は日本の特産品と考えられていました。 漆器という区分けより漆塗のものの範疇として中国や欧米で捉えられています。中国の殷(いん)(3600〜3000年前)の遺跡から漆器の一部が発掘されていたので、漆器は中国が発祥地で、漆器の技術は漆木と共に大陸から日本へ伝わったと考えられていました。ところが、北海道の南茅部町の垣ノ島B遺跡から中国の物を大幅に遡る約9000年前の縄文時代前期の漆器が見つかり、また漆木のDNA分析の結果、日本のウルシの木は日本固有種であることが確認されました。このことから、漆器の日本起源説も主張されるなど漆器の起源については議論が続いています。
日本地図で見る漆器産地
【青森県】津軽漆器【秋田県】能代春慶、川連漆器【岩手県】秀衡塗、浄法寺塗、正法寺塗【宮城県】鳴子漆器【新潟県】村上木彫堆朱、新潟漆器【福島県】喜多方漆器、会津漆器【茨城県】粟野春慶【栃木県】 日光彫【東京都】 江戸漆器【神奈川県】芝山漆器、鎌倉彫、小田原漆器【静岡県】静岡漆器【長野県】木曽漆器【岐阜県】飛騨春慶【石川県】輪島塗、金沢漆器、山中漆器【富山県】高岡漆器【福井県】越前漆器、若狭塗【滋賀県】日野椀【京都府】京漆器【奈良県】奈良漆器【和歌山県】紀州漆器(根来塗)【岡山県】郷原漆器【島根県】八雲塗、出雲漆器【山口県】大内塗【香川県】香川漆器【愛媛県】桜井漆器【福岡県】久留米籃胎漆器【宮崎県】宮崎漆器【沖縄県】琉球漆器
※赤字は日本四大漆器です。
紀州漆器
紀州漆器
紀州漆器は、会津漆器(福島県)、越前漆器(福井県)、山中漆器(石川県)とともに、わが国の四大漆器産地のひとつに数えられ、和歌山県海南市の北西部「黒江地区」を中心に生産されています。
歴史
紀州漆器の起源は、室町時代ともいわれており、江戸時代の初期には渋地椀を中心とする産地として知られていました。さらに江戸時代中期には、8代将軍徳川吉宗以降、将軍家でもあった紀州徳川藩の保護のもと発展の基礎を確立。堅地板物の成功や蒔絵による加飾の導入などで、その地位を不動のものにしました。昭和53年には通産省から「伝統的工芸品」の指定を受け、和歌山を代表する伝統産業となっています。
産地「和歌山県」
私たち島安の地元、和歌山。こんな風景から、紀州漆器は生まれました。
①根来寺
②あらぎ島
③紀ノ川
④黒江
①根来塗りの由来である「根来寺」。これは山門です。
②地元にある清水温泉には良く遊びに行きます。これはその途中の「あらぎ島」というところです。何かバリ島に来たみたいな感じで、かなりお気に入りの場所です。この地形は縄文時代以前に形成されたらしいですよ。
③和歌山県の代表河川、「紀ノ川」です。地元の重要な水源でもあります。
④紀州漆器の街、「黒江」の街並みです。上から見るとのこぎり状になっていますが、昔の人が奇襲攻撃に備えて隠れるスペースを作ったためとのこと。さすが、根来衆の隠れ里といったところでしょうか。
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皿盆(根来)

皿盆(根来)

価格:
(S)2,000円(税抜)
(M)3,000円(税抜)
(L)4,000円(税抜)

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霞根来手提重箱

霞根来手提重箱

価格:
28,000円(税抜)

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和菓子セット(変根来-白)

和菓子セット
(変根来-白)

価格:
15,000円(税抜)

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会津漆器
会津漆器


福島県会津地方に伝わる伝統工芸品の一つで、歴史的には津軽塗や輪島塗よりも早くから盛んとなりました。螺鈿・漆絵・乾漆・蒔絵・花塗りなど多岐にわたる技法があります。木材は、栃・紅葉・ケヤキ・赤ケヤキ・ほう・桜など。会津若松市内の門田地区の漆器団地には、漆器屋・漆屋・木地屋などがあります。 会津の地に本格的に漆工芸が根付いたのは、1590年豊臣秀吉の命を受けて会津の領主となった蒲生氏郷公が産業として奨励したことによります。氏郷公は前の領地であった日野(滋賀県)から木地師(きじし)や塗師(ぬりし)を呼び寄せて先端技術を伝授させました。これによって会津塗の技術は飛躍的に進歩を遂げ、漆の栽培から加飾(かしょく)までを一貫して手がける一大産地となっていったのです。 江戸時代には歴代藩主が技術革新に熱心に取り組み、中国、オランダなどへも輸出され、隆盛を迎えますが、幕末の戊辰戦争(ぼしんせんそう)において会津漆器は壊滅的な打撃を受けてしまいます。戊辰の戦火によって焼け野原と化した会津の復興は、会津漆器の復興でもあったのです。明治の中期には、会津は日本有数の漆器産地としてその名を再びとどろかせるに至っています。
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手書蒔絵さくら汁椀(溜内朱)

手書蒔絵さくら汁椀(溜内朱)

価格:
3,000円(税抜)

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麻の葉二月堂机(朱)

麻の葉二月堂机
(朱)

価格:
30,000円(税抜)

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唐草彫コーヒートレー(溜)

唐草彫コーヒートレー(溜)

価格:
7,000円(税抜)

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越前漆器
越前漆器


越前漆器の起こりは、約1500年の昔にさかのぼるといわれています。古墳時代の末期にあたる6世紀。第26代継体天皇がまだ皇子のころ、こわれた冠の修理を片山集落(現在の福井県鯖江市片山町)の塗師に命じられました。漆の櫛が発掘された三方町塗師は、冠を漆で修理するとともに黒塗りの椀を献上したところ、皇子はその見事なできばえにいたく感動し、片山集落で漆器づくりを行うよう奨励しました。これが今日の越前漆器の始まりと伝えられています。 明治のなかば、越前漆器は大きな転換期を迎えます。それまで、製品といえば丸物と呼ばれる椀類がほとんどだったのが、角物と呼ばれる膳類などもつくるようになったのです。以後、重箱、手箱、盆、菓子箱、花器など一挙に製品群は多様化。生産エリアも河和田地区全体に広がり、そこで生産される漆器は、河和田塗りと呼ばれるようになりました。さらにこうした多様な製品群を背景に、量販体制を整備しながら、旅館やレストランなどで使う業務用漆器の販路開拓に乗り出したところ、これが見事に成功。名古屋、大阪などの大消費地へ進出を果たし、河和田塗りは、いつしか越前漆器として広く愛用されるようになったのです。
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市松白檀塗茶筒

市松白檀塗茶筒

価格:
10,000円(税抜)

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山中漆器
山中漆器


山中漆器のはじまりは、安土桃山時代の天正年間(1573〜1592)。諸国山林伐採の許可書を持つ木地師(きじし)が越前(福井県東北部)の山間部より石川県山中温泉の上流にある真砂地区に移住し、「轆轤挽き物(ろくろひきもの)」の技術が伝わったのが起源です。その後、真砂から山中へ移って温泉客を相手に木地挽きを生業とした木地師たちにより、山中漆器発展の基礎が築かれました。 現在では江戸期に導入された「塗り」や「蒔絵」の技術により茶道具を中心とした塗り物の産地としても有名です。 江戸末期に木地師により考案された「加飾挽き」や「薄挽き」等、高度な木地「轆轤挽き物」技術は、山中漆器の大きな特徴であり、1950年代後半には、従来の天然木、漆塗りの製品に加えて合成樹脂の製品も導入され、1981年には会津塗を抜いて全国一の生産量となりました。木地師としては初めて人間国宝に認定された川北良造など多数の木地師を擁し、全国一の木地轆轤挽き物産地でもあります。輪島など他産地への木地提供も行っています。
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【人間国宝】川北良造作 蝦夷蔦 水指

【人間国宝】
川北良造作
蝦夷蔦 水指

価格:
4,000,000円(税抜)

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乱筋摺り漆中棗(内黒漆)

乱筋摺り漆中棗
(内黒漆)

価格:
7,000円(税抜)

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松羽反(ハソリ)カップ)

松羽反(ハソリ) カップ)

価格:
(S)8,500円(税抜)
(L)9,000円(税抜)

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